なぜ私は親鸞会をやめたのか
高森顕徹著『会報』に関する基礎知識
高森顕徹著『会報』に関する基礎知識
『会報』とは、高森顕徹氏が1956年から1970年にかけて執筆した仏教書。ガリ版刷りで会員に配布されていたものでしたが、後に5冊の書籍となります。書籍化されても、一部例外を除いて活字化はされず、手書きの文字のまま印刷されています。頒布は会員のみで、御報謝の目安は1冊1万円でした。
1997年には、『会報』が『私の道』と改題して出版されると、顕正新聞などで発表されました。
ところが翌1998年ウエブサイト『浄土真宗親鸞会 脱会者の集い ハトの会』が「どちらが先か」と題して、主に華光会創始者、伊藤康善氏の著書と『会報』など高森顕徹氏の著書の類似点を公開します。その内容は「高森氏が伊藤氏の著書を盗作した」と言われても仕方のないものでした。
その後『ハトの会』は「誹謗中傷」との度重なるクレームを受け、閉鎖されましたが、その後もインターネットの掲示板などで、大沼法竜氏との著作の類似点などが次々と明らかにされます。
1999年には親鸞会は『これが獲信か』というパンフレットを全会員に配布。そこでは華光会と思われる団体を、「京都に本拠地を置く浄土真宗本願寺布教使の某グループ」とし、伊藤氏を「I先生」、増井氏を「M先生」と書き、「土蔵秘事に類するもの」と厳しく非難していますが、本願寺や創価学会など今まで名指しで非難してきた親鸞会が、この時だけは『華光会』と名指しせず、極めて不自然な内容となっている事は、「なぜ隠すのか」で指摘されている通りです。
その後「現代仏教界の最高峰に位置する著作」と言われた『会報』は廃刊となり、1997年から出版準備が進められていたはずの『私の道』についても、2006年現在、何ら発表は有りません。
参考 『私の道』出版準備開始を伝える顕正新聞
高森先生著『私の道』 出版準備始まる
高森先生の代表的著述『会報』が、親鸞学徒の熱望により、書名『私の道』として出版準備が進められている。
責任者は岡崎海外本部長。
『会報』とは高森先生が、昭和三十一年十二月一日(第一号)から昭和四十五年十一月一日(第百四十六号)まで、心血を注いでご執筆なされたものである。
現在は第一集から第五集まで孔版印刷で頒布されているが、仏教とは何か、後生の一大事、阿弥陀仏の本願、五重の義、真仮廃立に至るまで、仏教の真髄が開顕されている。まさに高森先生の『私の道』と言われるべき、現代仏教界の最高峰に位置する著作である。出版形態は『白道燃ゆ』と同じB6判で上下二巻となりそうだ。出版時期は流動的である。
【顕正新聞9年2月15日号】
追記:その後、光に向かってなどの著作でも盗作が発覚しました。詳細は下記リンクをご覧下さい。
大沼法龍師の言葉
さよなら親鸞会|高森顕徹著「光に向かって100の花束」は大沼法龍の著作のパクリです
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1.高森顕徹氏と伊藤康善氏の著書の類似点(1)
2.高森顕徹氏と伊藤康善氏の著書の類似点(2)
3.高森顕徹氏と伊藤康善氏の著書の類似点(3)
4.高森顕徹氏と大沼法竜氏の著書の類似点(1)
5.高森顕徹氏と大沼法竜氏の著書の類似点(2)
6.高森顕徹氏と大沼法竜氏の著書の類似点(3)
7.高森顕徹氏と大沼法竜氏の著書の類似点(4)
8.高森顕徹著『会報』に関する基礎知識